囲碁と素数

Igo and prime number

第三部、量子コンピュータのその3

次にU_{f}の最も簡単な場合について、物理的なハードウェアの部分も含めて、量子転送について説明したい。つまり、 U_{f}=1 恒等変換の場合である。これは入力 |ψ_V>が出力 |φ_B>にそのまま伝わるが、入力装置と出力装置の間で距離が離れていれば、ある距離間の転送が行われたと考えることができる。量子的に転送するとは、位置と運動量の不確定性に関する量子力学の初期からの論争にも関連する。量子転送、量子テレポーテーションに(実験的に)成功するということは、「アインシュタインポドルスキー・ローゼンのパラドックス」が破られること(量子エンタングルメントの存在)の実験的証明に等しい。そこで、量子エンタングルメント(量子もつれ)、ベルの不等式(の破れ)について説明しながら、この問題を扱っていきたい。ちなみに、ベルの不等式(の破れ)を実験的に証明した3人の先駆的な研究者に2022年のノーベル物理学賞が贈られたことは記憶に新しい。

 

量子テレポーテーションの実験を説明するには、相当の紙数が必要なのでここでは、古澤明の「量子テレポーテーション」から概念的な図4-1, 4-2 (前のドイチュの場合と比べて

制御位相シフトのようなものがなく、代わりにベル測定と変位操作がある。) のみを示す。

アリスとボブはこの実験に関わってくるが、アリスとボブはそれぞれ量子を1つずつ持ち、その2つの量子は量子エンタングルした状態になっている。後から出てくる1/2スピンの場合の量子状態の方がスピン回転方向の矢印を用いた表記で分かり易いので、それによる説明を用いる。図2-27のザイリンガーの1/2スピンの場合での実験では、エンタングルした光子対(AとB、V1とV2)の2組、↕↔ - ↔↕を生成した後、アリス側では、波長板を介してハーフビームスプリッターで合わせてベル測定を行う。ベル測定とは、元々まったく関係なかった2つの量子をエンタングルさせ、エンタングルした状態のうちのどれかを明らかにする測定(図2-26)のこと。光子検出器1と2が同時に光子を検出した時、

量子テレポーテーションにおけるアリスとボブの役割は図2-27に示すものに対応する。[「量子テレポーテーション」古澤明、講談社ブルーバックス2009年から引用]

↕↔ - ↔↕であることが分かり、ベル測定が完了する。また、検出情報をボブに伝えれば、ボブ側にある量子Bは既に、a↕ + b↔となっているから、それで量子テレポーテーション完了する。

同様の実験装置が次のベルの不等式の実験でも使われる。

そもそも、U_{f}が恒等変換であれば、古典コンピュータとしては、単にデータのcopyをすることに過ぎない。古典コンピュータにおける真理値表の役割が、量子コンピュータではユニタリ行列Uになる、というように。ここでも両者の違いは大きい。

量子コンピュータのハードウェアとして、光子を使う場合の例をとり、実験的に量子テレポーテーションがどのように実現されるかを示す。光の波束を用いる場合。変位操作は、ボブがアリス側でのベル測定の結果を聞き出力の波束Bの状態の位置と運動量を変化させ、入力波束の状態を再現する。

ベル測定は、図3-12の図ではホモダイン測定、位相敏感測定となっている。

 

本来、ベルの不等式(の破れ)を先に説明するベキだが、物理的な話が深くなってしまうので、説明の都合上、順序を変えた。

ベルの不等式の実験の実際。ここでは、Nobel Prizeのホームページ

The Nobel Prize in Physics 2022 - Popular science background

から引用して、2022年のノーベル物理学賞の概説、実験の概要を紹介する。

 

ベルの不等式(の破れ)の実験     |S| ≥ 2, Sは2量子の相関係数から求めた観測量

ジョン・クラウザーが考案したCHSH不等式と、それに基づいて行った実験で、初めて隠れた変数理論が否定された。

 

量子もつれを起こしている光子のペアは、光の波に関するある性質 (偏光) がもつれているので、片方の光の波の性質を観測すれば、もう一方も必ず決まる。

この波の性質は、特定の角度の性質を持つ光のみを通し、他は通さないフィルター (偏光フィルター) を通して行う。光が通ったかどうかで、その性質を持っているかどうかがわかるからだ。

今回の実験は光子のペアで行うので、光子同士を反対方向に照射し、それぞれの方向に設置された、角度の異なるフィルターに通した時の結果が実験結果となる。

フィルターの角度は両方とも違うので、光子のペアは片方だけフィルターを通る場合もあれば、両方ともフィルターを通る場合、あるいは両方とも遮られる場合のどれかになるはずだ。

そして、両方ともフィルターを通る確率は、両方のフィルターの角度の違いによって単純に決まる。重要なのは結果で、これが隠れた変数理論と関わってくる。

この実験はベルの不等式と同じCHSH不等式を検証するもので、CHSH不等式を満たす実験結果ならば隠れた変数理論は正しく、一方で満たさない場合は隠れた変数理論は否定される。

CHSH不等式の考案から3年後、クラウザーはCHSH不等式は成り立たず、隠れた "変数" は存在しないという結果を発表した。

さらに、

|S| = 2.697 ± 0.015 アラン・アスペ

ベルの不等式が破れていて、量子エンタングルメントが存在していることを証明した。

(別の角度から、これらに相当する、現代的な実験(?)について、また、後から説明する。)

 

前の図3-12の古澤の実験は、この量子もつれザイリンガーらの直交した偏光の光子ペアではなく、スクイーズド光という光の波束の場合に用いて、量子テレポーテーションの本格的な実験に成功した点で新しい。9量子ビット、誤り訂正と続く(古澤の実験 2010年時点)。

 

次に、量子コンピュータ超電導回路上で実行できる、現在の開発状況について見ていく。

IBMIBM Quantum Experienceと名付けたクラウド・サービスを公開している。超電導方式の中でも、トランズモン(transmon)と呼ばれる、2007年イェール大学によって開発された技術に基づく、量子ビットを用いている。入力されたコマンドは(古典コンピュータ用の)ビット列に変換され、マイクロ波のパルスに変換されて、超電導状態を制御するよう配線されたトランズモン本体へ送られ、0, 1の状態が重ね合わさった量子ビットに変換される。量子ゲートにより、後続のパルスで制御され、量子並列性を利用した計算が実行される。

超電導回路の基本原理は、超電導体でできたリングの途中にジョセフソン接合をはさんだ構造をしたSQUID(超電導量子干渉計)と呼ばれるものである。超電導状態で電気抵抗がゼロになりSQUIDには円形電流が持続的に流れる。超電導状態では電流に関わる電子があたかも一つにまとまったかのような流れをつくり波動的な振る舞いになる。重ね合わせ状態が実現できる。

量子ビット数が、数十、数百から(IBM 2022年時点)、数千量子ビットを目指していく段階。

しかし、量子ビットの安定性が問題で、コヒーレンス時間と呼ばれるものが初期のナノ秒から今はミリ秒になった。他に、イオン トラップ、フォトン、人工または実際の原子など、他の量子系の実現方式がある。アーキテクチャ量子ビットの系によっては、量子ビット絶対零度に近い温度に保つ必要があるものもあります。

 現状開発が最も進んでいる超伝導量子コンピュータを動作させるためには、絶対温度零度(-273℃)近くの極低温環境を実現する特殊な冷凍機「希釈冷凍機」が必要になります。超伝導量子ビットの大きさは数ミリ角です。もし100万量子ビットを二次元に集積化したとすると会議室ぐらいのサイズになってしまいます。

この量子ビット数、増大競争とスーパーコンピュータの能力を超える壁、冷凍機の壁。超伝導以外のハードウェア実現方式との実用化競争。これが、ハードウェアとしての量子コンピュータの現状になる。いってみれば、昔のトランジスタの小規模集積のレベルといった現状になる。

次に、アーキテクチャ、ソフトウェアでの工夫として、2023年にIBMは、ソフトウェア面で、分散処理のための機構を導入する。量子と古典のハイブリッド型コンテナ型実行環境である「Qiskit Runtime」を使った量子アプリケーション開発体験を進展させ、量子ソフトウェアスタックにサーバーレスのアプローチを導入する。これは、量子コンピュータと古典コンピュータの間で、問題を効率的に分散処理させる重要なステップだとしている(開発ロードマップの図参照)。

現状の集積度では量子エラー訂正機能を搭載することができません。そのため、量子ビットの集積度と品質を向上させる技術に加えて量子エラー訂正技術の確立が肝となります。

 

(前に述べた、現代的な実験(?)についての説明。)

IBMなどの量子コンピュータを用いて、現在では実験室ではなくても、前述のベルの不等式(の破れ)の実験をコンピュータ上で行うことができる。

以下のYouTubeが上がっている。

ベルの不等式を量子コンピュータで破る!【ノーベル物理学賞解説2022】 - YouTube

より詳細は、

https://utokyo-icepp.github.io/qc-workbook/nonlocal_correlations.html

CHSH不等式の破れを調べるために、2つの量子ビットの相関関数を計算する。それぞれ異なる角度のRyゲートをかけています。