囲碁と素数

Igo and prime number

第13回 四つのヨコ串

第13回では、前回の議論、科学の発見の積み重ねという縦の矢印、それに対をなすもう一方の縦の矢印である、コンピュータ上に築かれた我々の世代の技術社会が、互いにフィードバックするような関係で発展をして来たこと。それら縦の間をつなぐ横軸、ヨコ串の一つとして、計算複雑性理論におけるP≠NP予想を考えたこと。これらを受けて、その他にヨコ串となり得るものを考えていきたい。

先ず、前12回のNP問題のクラスでは、Non-deterministic非決定性アルゴリズムであった。非決定論的な選択を許す。乱数利用の選択は、ここでは対象にしないことにする―次の項目にするので―と、人間に入力を要求して、その指示に従うなどの不確定な部分を含む、ものになる。

一方で、コンピュータ数値計算手法では、乱数を用いたMCMC (Markov chain Monte Carlo method)がよく使われる(第二部参照)。

AIの基礎になっているベイズ統計でもMCMCに立脚している。AIがさらに発展していき、汎用AIを目指す中でも乱数手法は切っても切れない関係であろう。したがって、第二のヨコ串として、AI、乱数手法。

次に、生命進化を考える。発生進化学はDNAレベルの研究成果に基づき生物の受精卵から胚へと一つの細胞から一個体の生物へ成長する過程が生物進化の系統研究と密接に関係しているものと考える。生物が受精して子孫を残すということが、その受精卵の中に、DNAの中に既に生物の情報が組み込まれている。胚からの形態形成を含めての全ての情報が組み込まれている。生命進化の何十億年という歴史の中での生物の系統と比較する、元となる情報が得られる。進化をDNA、形態形成の発生進化という歴史の中で科学的に議論できる。

「生命進化の偉大なる奇跡」アリス・ロバーツ、学研プラス、2017年

この本は、どちらかというとヒトの解剖学的な現在の進化の状況から歴史をふりかえり、体制の進化を祖先に結び付けながら語る、という構成になっている。

ダーウィンが悩まされ続けたジレンマの大元であった(もちろん、ダーウィンはDNAそのものの存在を知らなかったが)、DNAの塩基配列そのものは表現型ではないため、自然選択はDNAの塩基配列(遺伝子型)にははたらかない。自然選択は表現型を介して間接的に遺伝子型に作用する。

分子レベルDNA研究の成果によって、地球上で生命が誕生し、真核生物、多細胞化、有性生殖がはじまる、動物、植物、…という生物進化の歴史が明らかになって来ていて、その中で発生生物学の視点で進化をとらえるエボデボ、体制の進化の研究が大きな役割を果たしてきた。私たちの胚発生は、遠い過去からの歴史と密接に絡み合っている。自分の胚発生のあいだに進化の歴史を順になぞったわけではないとしても、太古の祖先たちが胚に残したなごりを無視することはできない。進化発生生物学(evolutionary developmental biology: 通称Evo-Devo [エボデボ])。

「私たちの体の中のDNAネットワーク」は進化する。DNAネットワークは、表現型を介して、自然選択が働いて進化する。

このことをこれまで行ってきたコンピュータの議論にあてはめる。「私たちの体の中のDNAネットワーク」が、現代社会の中でのコンピュータの果たしている役割に、対応しているように考えられる。前の第12回で述べた一方の縦の矢印である、コンピュータ上に築かれた我々の世代の技術社会は、生物進化の科学とも、このような関係になっている。

「進化生物学」赤坂 甲治、裳華房2021年 199ページから、上図引用

遺伝子調整ネットワークのつなぎ換えが進化を促進する。

進化は、様々な外乱に対する適応であり、乱数の世界とも言える。もちろん、生物進化への影響は、地球環境そのものの変化の歴史が最大のものであったことは間違いないが。

我々のコンピュータ上に築かれた技術社会も、グローバルに世界を結びつけると同時に、世界中、あるいは、自然界からの外乱(世界中のネットからの声、情報も含めて。あるいは、反対する声と言ってもよいかもしれないが)も取り込み発展、進化してきている。

また、AIは脳のニューロンをモデルとする手法でもある。このことも、お互いの関連性を示す。進化の秘密におけるDNAネットワークが、第三のヨコ串。

さらに、第四として、数学となる。特に、既に関連としてあげてきた、素数を扱う、数論。数学は、人間の論理の基礎であるから、他にもいろいろな分野が関係すると思われるが、ここでは、これ以上はふれない。