囲碁と素数

Igo and prime number

第12回 地政学的な半導体競争

はじめは、個人的なことから少し書きたい。

日本のDRAMモリーなどがトップとなった頃

IEDM, Technical Digest 1989, 89-629, Itaru Kamohara, Kazuya Matsuzawa, Tetsunori Wada, Kenji Natori “IMPACTS OF MODIFIED CHARACTERISTICS ON 0.1 μm MOSFET SPEED BASED ON ENERGY TRANSPORT AND PARASITIC EFFECTS”

日本が最先端の座を譲り、半導体メーカーの撤退が相次いだ頃

Journal of Applied Physics, 97, 014501 (2005), Itaru Kamohara, Mark Townsend, Bob Cottle, “Simulation of heterojunction organic thin film devices and exciton diffusion analysis in stacked-hetero device”

リソグラフィ、設計に転向

J. Micro/Nanolith. MEMS MOEMS 10(2), 023013 (Apr–Jun 2011), Itaru Kamohara, Thomas Schmoeller, “Split, overlap, stitching, and process design for double patterning considering local reflectivity variation by using rigorous three-dimensional wafer-topography and lithography simulation”, also [SPIE AL 2009]

Double Patterning 以前(第2回 その2 )に書いたようにDUV露光波長(193 nm以上の波長)の限界が見え、マスクの線幅とパターン単独で工夫する対応では限界になった。そこで、本来一度に露光するパターンを、敢えて、二つ以上のパターンに分けて別々に露光することにより露光波長の限界を先延ばしする方法が導入された。しかし、これは露光の回数とマスクの枚数がその分増えることになりコスト的には大変な痛手になる。ますます、半導体製造の中でのリソグラフィとマスクの部分の設計・製造コストが占める割合が増え、先端半導体製造の寡占化とマスク製造を境界とするファブレスファウンドリーの分離体制を決定的に進めることになる。また、技術的にもパターンを分割する設計手法、さらには多層膜とその材質の光学特性を考慮したリソグラフィ技術が必要になり時間とコストを押し上げることになった。このことを回避する解決法はリソグラフィをEUV(13.5nm)のx線領域の短い波長に変えることしかない。しかし、EUV露光装置の開発、実用化には時間を要した。

そして、いよいよEUV露光によるロジックLSIの実用化が始まる。EUV露光装置を提供するのは全世界でASMLただ一社だけである。

第1回に掲げた

IEICE : Vol.E105-C,No.1,pp.-,Jan. 2022. 参照。

“Stochastic Modeling and Local CD Uniformity Comparison between Negative Metal-Based, Negative- and Positive-Tone Development EUV Resists”, Itaru KAMOHARA, Ulrich WELLING, Ulrich KLOSTERMANN, and Wolfgang DEMMERLE

 

個人的には、これらの半導体技術の変遷(第2回 その1からその3)は、

日本が世界のトップを走っていた時の日本の半導体メーカーから、アメリカの会社へ、そこでの設計ソフト業界M&A(Marger and Acquisition)も経て、今に至る世界大手メーカーの顧客と一緒に最先端のLSI設計の現場にいた時に、同時進行した事柄である。退職後、第1回に載せたpaperはJM3(米国)ではなく、IEICE(日本、電子情報通信学会)に投稿した。日本の半導体、電気メーカーの状況に接し、現状を知りたかったからである。

日本の半導体メーカーは、キオクシア (flashモリー)以外は20nm台で最先端からは脱落してしまった。マイコンルネサスCMOSイメージセンサーSony、個別半導体メーカー。さらに、装置、材料メーカー多数。

ヨーロッパ、IMEC, ASMLなど。

米国、Intel, AMD以外はファブレス、設計。DRAMのMicron(旧、日本のエルピーダメモリも吸収)。装置メーカーAMAT、KLAなど。

韓国、Samsung、SK hynix。

台湾、TSMC

中国、SMICなど。EUV、微細化の先端技術を米日オランダなどから止められた。

 

1990年代の日本の半導体メーカーが最盛だった時以降は、日本の半導体産業は長期的下降が続き、2011年の311東日本大震災では、ルネサス半導体の被災もあった。世界的な変動が起きていて、日本もそのただ中、中心の一つにはいる。

かつて日本の半導体メーカー、工場で働いていた数多くの技術者、人達はどこに移っていってしまったのか。

現在は、地政学的な半導体競争の時代になった。2022年日本でも米中対立、中国デカップリングと呼応して、TSMCの工場の誘致、新しい最先端LSIの開発新会社の設立など動きが出て来た。

 

2023年5月現在、米国の課した中国に対する規制対象は193nm波長のArf液浸露光装置(DUVの一種)まで拡大した。さらに、技術的な規制は、中国クラウド事業で必要なHDD (ファーウェイに対して禁止)、DRAMFlashモリーの汎用品にまで拡がっている。

輸出管理は半導体メーカーにとって重要である。と同時に、半導体の技術者にとっても自己の(国家に対する)忠誠心まで問われる重大な問題になっている。生活のために職を得ることと、国として経済安全保障との間で背反も起こり得る。2点にまとめると、1つは、地政学的な半導体競争(1.)。また、一方、これと同時進行の形で、2つ目にChatGPTなどのAIが世の中にも拡がり、AIと対話しながら行動する人類の未来を予感させることも始まりつつある(2.)。

この2点に代表される大きな歴史的なうねりを振り返ってみたい。

世代的なスケール(以上長々と書いてきたが、個人的には、私の生きて来た1世代の間に起きた変革である)と、そのさ中に立ち会った結果が何であったのか、ということを考えたい。

 

宇宙138億年の歴史を宇宙の誕生から解き明かしつつある科学、地球誕生46億年前から地球で起きてきた様々な自然現象と、生命の誕生から人をはじめとする進化もDNAに基づき解き明かそうとする科学、それらに代表される科学の発見の数々。巨人の肩にのって人類は様々な知見を蓄積している。1.と2.で述べたようにこれらの知見の蓄積は、コンピュータ上で蓄積され、シミュレーションなどのツール、ソフトウェアを用いて、科学の巨人に限らず一般の人々でも利用可能になっている。もちろん、その恩恵も享受している。

このことは、前に述べた(第2回 その1や第二部の)図を90度回転させてタテにした図

―科学の成果とコンピュータ上での蓄積がお互いにフィードバックし合い、人類が共有する―

のような関係と見ることもできる。

一方のタテの矢印は何十、何百という世代もの間の科学進歩の積み重ねの結果である。もう片方のタテの矢印であるコンピュータ上の技術は、わずか一世代の間に出来た。

この例えを、少し視覚的にとらえるために、Ian Morrisの本、西と東の競争・対立の歴史を見てみよう。”Why the west rules - for now”―The pattern of history and what they reveal about the future― 2010, PROFILE BOOKS LTD

この本が、今一つ有名にならなかった理由として。人類の(西と東での)発展段階をグラフ化した計算の根拠、妥当性がよく分からないこと。東として中国と、日本がひとくくりにされ地政学的な現状、すなわち、自由主義陣営(国際法に基づく国際秩序の維持を掲げる陣営)と専制国家陣営(パワーポリティックスの考えを進める陣営)との対立という図式に合わない。という2点が大きい。さしずめ、1.と2.で述べた現状から、この本を描き直して見ると、AIにもっと精密なデータ、科学的知見を入れ、AIが代わりに人類の発展段階の計算をして、さらに地政学的に正しく組み替えることでもっと魅力的な将来予測の本になるであろう。

これも一つの横串に成り得る。横串とは、上で述べたお互いにフィードバックし合う縦の矢印を横に結びつける軸を意味する。

これだけの壮大なフィードバック・ループの関係には、さらにいくつもの横串に成り得るものが必要である。

一つの、横串として重要な関係は、例えば、宇宙138億年とか、地球46億年など科学で重要な単位、年、億年などとコンピュータで扱う数、単位なし、との間の橋渡しを行うことがある。

数学的な数は無限大であるが、宇宙開闢以来の138億年との大小はどのような関係になっているのか。

ここで、一つの手がかりになるものが、計算複雑性理論におけるP≠NP予想である。クレイ数学研究所ミレニアム懸賞問題の一つ。Pとは多項式時間(polynomial time)で判定可能な問題の集まりである。NPとはイエスとなる証拠が与えられたとき、その証拠が正しいか多項式時間で判定できる(Nondeterministic polynomial time) 問題の集まり。つまり、検算(他人から与えられた答えの正しさを確認すること)に関してである。

多項式時間で解ける問題ならば、その問題を(与えれた証拠を見ずに) 多項式時間内に解いて問題の答えYes/Noを確認できるはずだから、クラスNPの方がPよりも真に広いハズ。

カープ論文(1972年、Richard Karp, “Reducibility among combinatorial problems”)の組み合わせ問題間の還元可能性。「計算できるもの、計算できないもの」John MacCormickオライリー・ジャパン2020年 参照。

指数時間>準指数時間>多項式時間 など説明されている。

もし予想が違ったら(P=NPならば)、一方向性関数が存在しない。暗号問題は、これに関連する最も実用的な問題である。

第三部で述べた、従来コンピュータと量子コンピュータのどちらを用いるかで、この一方向性関数、P≠NP ?の関係は全く違ってくる。

 

このような深淵な関係が、「囲碁素数」という謎のタイトルからうかがえたとしたら幸いというほかない。